24時間テレビは偽善・感動の押し売りで嫌い?小銭募金と芸能人の高額ギャラに違和感?

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もうすぐ今年も24時間テレビが放送になりますね。毎年この時期になれば前宣伝から放送当日にかけて盛り上がる?のが24時間テレビ嫌い、感動押し売り、募金集めるくらいなら出演者の芸能人はノーギャラでやれというような話題です。障害者を見世物、食い物にしている、、というのもいつも議論になりますね。毎年いろいろな意見があって面白いな~って気になりますのでメモしておきます。

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24時間テレビ嫌い?

24時間テレビ嫌いっていう人結構いますよね。私はわりと好きなんですけどね。

今でこそ、24時間何か番組をやっているのは当たり前になりましたが、昔、自分が子供や学生の頃って夜中になったら、テレビってほとんど何も写ってなかったですよね。やってても昔のさらに昔の怖い映画だったりとかで。

眠れない夜になんとなくこっそりテレビをつけて見てがっかりしていたあの頃の寂しかった記憶だけが残っていて、24時間テレビ番組をやり続けるというのはなんだかとてもいいなって思って、その名残で好きですね。

24時間テレビは感動の押し売り?

24時間テレビと言えば、障害のある方や、病気と戦う方、困難を克服する姿をドキュメント風にとりあげるのが恒例といってもいいような感じになっています。

もともと、そういったテーマからスタートしていますものね。

感動を押し売られている?と思うのは、真剣に見てしまうからではないでしょうか?別に感動しなくてもいいし、ふーんこんな人もいるんだって思っていればいいと思うんです。

多分、真面目な人ほど、感動の押し売りって思ってしまうのかもしれません。

24時間テレビの募金はなぜ小銭?

24時間テレビといえば、募金です。あの黄色い募金箱もそうですが、子どもたちが瓶などに詰めた小銭を手渡している場面などが流れると、口の悪いうちの父親などは「子供の小遣いむしり取るくらいなら芸能人がギャラ貰わんと直接寄付しろや」などと悪態ついていましたね。

小銭といえば、こんな話が(笑)

武道館に寄付金を持って駆けつけるタレントにも、交通費という名目で数万円程度のギャラが発生します。ほとんどのタレントは、そのギャラ以上の募金を持っていくので実質、ノーギャラのようなものですけどね。“募金している感“を演出するために、番組スタッフから『小銭で持ってきてください』とお願いされるので、毎年8月になるとウチの事務所では、若手スタッフが銀行に両替しに行くのが恒例になっています(笑)」

夏の風物詩となった日本テレビ系のチャリティー番組『24時間テレビ』が8月25~26日に - Yahoo!ニュース(FRIDAY)

募金=小銭というのは、きっとたくさんの人の小さな気持ちが大きな形になるということを表すのにちょうどいいのだろうな、そういうイメージ的なものかな?と思います。

わざわざ両替するのもどうかと思いますが、札束だと感じ悪いかもしれないですね(笑)

でもどうでしょう?面白いけれど、これを実際にやってもテレビでやる意味ないかな?って思ってしまいます。。

24時間テレビの募金の金額って総額いくらなの?

例年10億円前後を集めていて、東日本大震災があった’11年には19億円に達したのですが、ここ最近はヒトケタ台が続き、昨年は前年から2億円弱減らして7億円を切ってしまった。

同ヤフーニュース

そうですか…。2017年は7億円だったんですね。7億って多いのか少ないのか?ちょっとわかりませんけれど、確かに、番組制作費だって億単位でかかっていそうですからね…。

24時間テレビの芸能人のギャラはいくらなの?

番組の目玉であるチャリティーランナーのギャラは1000万円、総合司会には500万円ほどのギャラが支払われている

同Yahooニュース

これを多いと見るか、少ないと見るか?これは人それぞれですからなんともいえませんが、ただ、チャリティーなんだからノーギャラでやれっていうのは少し違う気もします。

似た話では、「ボランティア=無償」と勘違いしている人もいますが、ボランティアだって実費程度から、きちんと有償のものもありますからね。もっとも仕事ではないので、それよりは抑えた額にはなりますが、なんでもタダ、無料でできる訳でもなく…。

24時間テレビが嫌いという人の理由

24時間テレビが嫌いという人の理由は、感動の押し売り、偽善、障害者を食い物?にするから、出演者のギャラが高額だから、などなどいろいろかと思います。

でも多分、理由としては、これが本質?と思うことがあります。

「受け入れる家族があるって事は手放した家族がおるってことやらからな」

ここ、ハッとしますよね。

美化しすぎ、という言葉に見られるように、光と影の、光の部分にのみスポットをあてているからではないかな?と。。。

確かに、わかりやすい障害の方ばかりになっているという気は私もしますね。

でも、テレビですからね…。限界もあることでしょうし。そのあたりの限界や常識を越えてみて本当に辛い部分、目をそむけてはならない部分などにも触れてみると、何か変わる?かもしれません…。

また、光に違和感を感じる人は無意識にその影の部分にも思いをはせることのできる、想像力のある方かもしれないですね。

影(闇)がなければ光も見えないように、障害者が特別視されない世界になるには、障害者がどんどん出てくること、見えるところに出てくることも必要で、スポットをあてることは間違いではないとは思うんです。そうやってだんだん少しずつ慣れるというか、当たり前になっていく…。

24時間テレビを見て、違和感を感じる人ほど、じつは真剣で真面目で、想像力豊かなのではないか?と思いますがどうでしょう?

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やらない善よりやる偽善?

でも、結局、これじゃないかと思うんです。行動の出方、表現方法が違うだけで、何もやらないよりは、やったほうがずっといい…ですよね?

近年は出演者の確保も難しくなっているという24時間テレビですが…。

1978年の第1回の放送から41回めとなる2018年の24時間テレビ、今年もなんだかんだと言いながら話題となることでしょう。ココまで来たら50回、100回と続けて行ってほしいなと思ったりもしますね。

今年の放送も、楽しみにしています。

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