母親になってよかったこととは?子どもを生んでわかったこと

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いつも、子どもがいてしんどいなと思っては、愚痴を言ったりため息をついたりしていますが、もちろんそればかりではないのです。子どもがいてよかったなと思うことだってあるのです。

子どもに生んでもらってありがとうと言われたこともないし、母の日だって祝ってもらったこともありませんが、私は私で、自分の人生を勝手に生きているのです。

エゴと言われようが、子どもを生んでよかったと思うこと、そういう時もあるのです。何がどうよかったのか、少し考えてみました。

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子どもがいてよかったと思うこと

・とりあえずやってみたかったことができた

こんな言い方をしてはいけないのかもしれませんが、子どもを生んでみたかった、自分の子どもに会ってみたかったということが実現できたということは単純に嬉しいことです。

その結果どういう義務を負うのかということは考えていませんでしたが…。考えていたら生もうと思ったのかどうかそれも今となってはわかりませんが。

・子どもがいなければしなかった、知らなかったことを知る

子どもがいることでしかわからないことはたくさんあると思います。また子どもがいるせいでする辛い思いもたくさんあるのですが。そのどれもが、いなければ経験し得なかったことであり、自分の血肉になると信じています。

・肉親という存在を持つ

親とは肉親ではありますが、生まれながらにそうだったのであり、自分の選択の余地がなかったことです。しかし、自分の意思で生み出した命である我が子との遭遇は、本当にドラマチックなものであると思っています。

生き物なんだから原因と結果があるだけなんていう味気ないことを言う人もいますが、それならどんな子どもでもいいのに、なぜ眼の前にいる我が子なのだろうか?ということに答えられる人はいるでしょうか?出会うべき人と出会ったのだとしか思えないのです。

・必死になること

自分のことであれば「まあ、いいか…」で終わらせてしまえることも、子どものことであればそうは行きませんので、何事においても必死になってしまいますね。とてもしんどいのですが、必死になっている自分を冷静に見ている自分もいたりして、それはそれで面白いと思っています。

・感情が揺さぶられる経験

「子どもが生まれてから涙もろくなって…」という人は多いと思います。ひとつの命が生まれて、育って行く過程で起きるさまざまなことがすべて感情を揺さぶります。

テレビドラマを見ても感動はしますが、それも自分の経験と重ねてこそだったりもするので、なにを見ても感情移入してしまうことが増えました。いちいち怒ったり泣いたり笑ったりと感情の起伏に疲れもしますが、それも味わいでもあると思っています。

・辛いことも修行と思える

子育ては楽しいことばかりではありません。自分の思い通りにもいかず、自分が身代わりになってやりたくてもなれず、自分プラス子どもの人数だけ辛いことを引き受けます。しかしそれもすべてが自分を鍛えるために起きている、いま生きている自分の修行であると思えます。

子どもがいなければいないで、楽な人生というわけではなく、その時の自分に応じた辛いことがあるはずだと言うのも、いまこの境遇だから思えるのではないかなと感じています。

・想像力が鍛えられる

妄想や単なる心配のしすぎも含まれるのかもしれませんが、子どものことは自分の力が及ばないことも多い分、ありとあらゆるパターンの考えを巡らせて考える癖がつきました。

日常のお出かけの持ち物から始まって、世界平和までが範囲です。自分は一体何者なんだろうと自問自答することはなはだしいですが、子どもがいるとそうなってしまうことは、多くの人は共感してくれますよね?

・世界が広がる

自分ひとりの世界から、子どもの世界へと、行き来しながら生きています。ときには拒絶されながらも世界は自分の知る限りを超え、知らないこと、想像でしか補えないことへも広がります。

単純に、行動範囲が広がることもあり、交友関係も子どもがいなければ知り合うことのない人と知り合ったり、いいことばかりでもありませんが、時には本当に嬉しいこともあったり。

自分だけならまた別の世界もあったのかもしれませんが、自分以外の誰かとこれほど濃く関わることは子ども以外にないでしょう。

子どもがいなければどんな人生だったのだろう?

両手を広げる女性

私に子どもがいなければ、今どこで何をしていたのでしょうか?たまにそう思うことはありますが、まったく想像がつかないのです。おそらく、こうであろうというふうに考えてみても、それは自分の予測というよりは、世間一般の同年代の女性がどうかという範囲を越えないのです。

しかし子どものいる自分というのは、世間一般のお母さん像を大きく越えていました。自分の母親を見ていたはずなのにわからなかったことばかりが起きていて、体験したことしかわからないのだなと改めて感じています。

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どんなときだって後悔しないだろう

この先、どんな辛いことがあっても、眼の前の我が子と出会えない人生など考えられないのです。子どもを生まなかったとしても自分の人生ですからきっと後悔はしないと思えるのですが、自分の子どもに会ってみたかったという心残りはおそらくあるのだろうな、と思います。

それも含めて自分の人生であり、後悔とはまた違うのですけれどね。自分は基本的に自分の選択を信じ、支持しているつもりですが、子どもを生んで、眼の前の我が子と出会ったことは決して後悔しないだろうと断言できます。

出来の良い子で苦労知らないから、でありません。長男には母としては厳しい目で見られていますし、次男は知的に課題があるし、どちらも心配事だらけです。それでもいまここにいる我が子以外は知らないし、知る必要もないのです。私はこの先何があっても、どんなときだって我が子と出会えたことを良かったと思うでしょう。

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