子供が川崎病になった体験談!症状が出る時期はいつごろ?

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近年、とても増えているという川崎病。

うちの次男も3年前にかかってしまいました。

川崎病といっても、名前だけは知っていましたが詳しいことは何も知りませんでした。

いろいろ検索しても怖い話ばかりで、絶望的な気持ちになったことを覚えています。

その時のことを振り返って、お子さんが川崎病と診断されて心細く思っている方のために書いてみます。

【注意】

私は医師や医療関係者ではありません。

病気の症状や治療のことについては、あくまでも体験談としてお読みください。

心配なことがある場合は必ず医師の診察を受け、相談をしてください。

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突然の高熱

ある日の午後、仕事中に幼稚園から電話がありました。

「○○君が熱を出してしまって。ちょっと高いんですよ、39度以上あるので迎えに来てください」とのことでした。

熱を出したからお迎えというのは初めてではありませんでしたし、夏にもこういうことがあったので、正直「またか」と思っていました。

それでも、熱が出ると言ってもたいてい37度台から徐々に上がってくるということが多かったので、いきなり39度というのはなんだろうとほんの少しひっかっかっていました。

ともかく仕事を早退して迎えに行きました。

その日はいつも行く病院が休みだったので、とりあえず連れて帰って寝かせていました。

一晩寝れば下がるだろうとその時は考えていました。

次の日、なんとなく耳がかゆいというので耳鼻科に連れて行きました。

中耳炎で熱が出たのかな?と思いましたが、中耳炎ではありませんでした。

首のリンパが少し腫れているかなと言われましたが、風邪のせいだろうということでした。

翌日、なんだかぐったりしてきて、熱をはかると40度を超えていました。

40度なんて初めてでしたので、小児科に連れていきました。

血液検査をしました。CRPが9.7ということで、先生は「通常0.4くらいまでなんですけどね…白血球も高いね…」と言われながらも熱冷ましが出ただけでした。

つらそうだったら飲ませてとのことで、帰ってから飲ませましたがいっこうに熱が下がらず、水を少し口にするだけで本当にぐったりしてきて、だんだん不安になってきました。

土曜の午後でしたので不安は余計に増して、つらいのか眠ることもできない次男とともに私もほとんど寝ることができませんでした。

わからない…

なぜ40度も熱があって、こんなにつらそうなのに…。

血液検査の結果もあきらかに変なのに家に帰らされて寝てるんだろうか…と心細さと不安とでそんな恨みがましいことも考えていました。

反面、耳鼻科と小児科、どちらにも行ってやることはやっているのだから、どうしようもない、とも思っていました。

しかし、次男の様子を見るとぐったり…40度から熱も下がらない。もうどうしていいかわかりませんでした。

体温計

翌日、昼前のこと、熱が出てから4日目のことでした。次男の目が真っ赤です。

おどろいて、思わずお腹や背中を見ようと服をまくると赤いブツブツがたくさんでていました。

「麻疹?まさかな…いや、溶連菌?、でも先生喉見てたけどなんでもないって言っていたよな…」と思ってもう一度喉を見ようと口を開けさせたら舌が赤い。

「なにこれ?」でも何だか大変なことになっているような気がとてもしたので、休日夜間診療所にあわてて電話して、寝間着のまま連れて行きました。

本当にあわてていて、財布と携帯とタオルしか持たず、自転車の後ろにぐったりする次男を乗せて飛んでいきました。

先生はひと目みて、「これは川崎病です、すぐ入院してください、大学病院に電話しますので、ここから直接行ってください」と言いました。

何が何だかわからず、自宅の夫に電話して、自転車置いたままタクシーで行くから自転車取って、その足で病院に来てと伝え大学病院に行きました。

大学病院までも自転車で行こうと思えば行けたのですが、ぐったりした次男をこれ以上乗せていくのがためらわれました。

日曜日の救急診療は混んでいて、1時間は待ちました。

やっと診察を受けて、やはり川崎病との診断で、治療方法について説明を受けました。

意外にも、2つの選択肢があると言われました。

「川崎病は何もしなくてもしばらくすると熱は下がります」

「え、そうなんですか?」とてもそうは思えないくらい高熱で重病感があったので一瞬ほっとしかけました。

が、その次の言葉

「しかし、熱がある期間が長くなると心臓の冠動脈に後遺症を残します」

「はあ…」

「血液製剤を使用して早く症状を落ち着けると後遺症の可能性を下げることができます。ただ、輸血と同じようなもので、ヒトから作った薬ですので、万一の感染症の可能性もあります。どちらにするかはご両親で決めてください」

と言うことでした。思わず

「他の方はどうしているんですか?」

と聞いたら、

「9割方はこの治療法を選択されます。もしされるなら早く始めた方がよいです」

とのことだったので、血液製剤ときいてちょっと怖かったけれど背に腹は替えられません。

書類にサインして治療を受けることにしました。

あとであらためてじっくり書類を見ると「特定生物由製薬品使用承諾書」とあり、副作用があることについて書いてありました。

それより私は下に書いてあった「この薬剤を使用しなかった場合の危険性」というところに目がいきました。

「重症化し、生命に危険が及ぶ可能性があります」ああ、迷っている場合ではなかったんだなと思ったのでした。

親のせい?

子どもが病気になると親は少なからず自分を責めますよね。

原因は何だったのだろうと。

私も次男の川崎病については「ちょうど運動会が終わったばかりで、外で紫外線たくさん浴びたからかな」とか「その前の月、私が自分の予定でとても忙しかったので、子どもの生活ペースが乱れたからかな」とか色々考えました。

長男が鼠径ヘルニアの嵌頓を起こしたときのことも思い出したりして「自分が子ども以外のことにかまけると、子どもが病気になるなあ…」とも思いました。

でも川崎病はどこを見ても原因不明とあります。

川崎病にかぎらず、母親が原因でかかる病気ってないと思うので、子どもが病気になったからといって自分を責めている方がいれば、そんなことは考えないでくださいね。

入院~退院、その後服薬中のこと

入院してガンマグロブリンの大量療法というのを受けました。

治療が始まるとまもなくあんなに何をしても下がらなかった高熱がスーッと下がり、みるみる楽そうな表情になったのを記憶しています。

どんな感染症の可能性があるかわかりませんが、本当にありがたいと思いました。ヒト免疫グロブリン【献血】というような文字をみて、献血してくれた方ありがとうと思ったものです。

入院は6泊7日でした。退院間近なころには点滴も取れて、病棟のキッズスペースで遊べるまでになりました。

一安心したら次に出てきた心配事は、先生からの「血栓防止のために血液をさらさらにする薬(アスピリン)を飲むので怪我とかしないでね、頭とかは打たないでね」というのが怖かったです。

飲んでいる間は子どもにじっとしていなさいときつく言っていました。

「アスピリンとインフルエンザ脳症の関連もわかっていないから、インフルエンザにかかったらアスピリンは飲まないでね」というのもまた怖かったですね…。

アスピリンは3ヶ月飲みました。ちょうどインフルエンザの流行時期だったからビクビクしていました。

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その後

年に一度の検診を続けています。これはまだまだ続きます。

再発の可能性もゼロではありませんから、考え出すと怖いのですが、こればかりは仕方ありません…。

同じように不安な方に、自分の経験したことを書いて見ました。

少しでも参考になりましたら幸いです。

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