自己肯定感が低く生きづらいのは親のせい?自己有用感との違いは?

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子育てをしていると、よく聞くようになる言葉に「自己肯定感」というものがあります。

自己肯定感とは一体何なのでしょうか。

文字通りでは、自分を肯定するということですが、つまり自分で自分に対して「これでよい」と思うことだと考えています。

そう思えるようになるためには何が必要なのでしょうか。

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自己肯定感を持てる子どもに育てるには幼少期の関わりが大切

自己肯定感を持てる、そのためには良いところも悪いところも自分のすべてを自分で受け入れられるということが必要になってきます。

良いところだけでなく、悪いところ、いたらないところも含めて受け入れられるようになるには自分ひとりの力では不可能です。

自己肯定感を持てる子どもに育てるためには幼少期の経験が大切になります。

親や関わる人はどのように接すればよいのでしょうか。

・無条件に受け入れられる経験を与える

まだ言葉のわからない赤ちゃんのころなら、泣いたら抱っこしてもらえる、お腹が空いたらミルクをもらえるといった経験をすることです。

少しものがわかるようになってきても、基本的には同じだと思います。

まずは生理的欲求を肯定してあげることで子どもは安心します。

具体的にはトイレが出来たらよかったねと言ってやる、ご飯を食べている姿を笑顔で見守るだけでよいでしょう。

排泄物を汚いものと教えたり、食欲を卑しいものというメッセージを送らないように気をつけましょう。

・感情や場面を共有する

嬉しいときは一緒に喜び、悲しい時は一緒に悲しむ、簡単なようですが意外に難しいです。

忙しいときはおざなりになりますし、心に余裕がないと表面的になります。

そのためには大人がまず、喜び悲しみの感情を取り戻す必要があります。

普段の忙しく世知辛い環境の中で、もう忘れてしまったかもしれませんが、自分は何が嬉しいのか、嬉しかったのか、ゆっくり悲しむ暇があるのか、そんなことからやり直さないと、子どもの感情を心から受け止めることができません。

心から喜んであげようというのはあらためてやろうとするとわざとらしくなりがちなので、簡単に出来る方法としては、子どもと一緒に本や映画などのストーリーを楽しむ時間を取れるとよいと思います。

もちろんそんなことしなくても心からの嬉しい悲しいの感情が湧いてくる人はそれでOKですが。

・やればできる、という実感を持たせる

ちょっとした成功体験の積み重ねです。

それこそトイレができたというだけでもよいのです。最初から出来ることでもよいのですが、出来なかったことが出来るようになるとインパクトも大きいので、最初出来なくてもちょっとだけ頑張れば出来るようなことをやらせて、「できた!」と思わせましょう。

特別に何か練習して出来るようになる、苦手を克服するというようなことでなくてもいいです。

例えば、子どもによって色々事柄は違うかもしれませんが、本をよむのが好きな子なら本をたくさん用意しておいて、読んだらよかったねと言う、身体を動かすのが好きな子ならブランコに乗れるようになったらよかったねというなど、そんなことでよいのです。

その子にとったら放って置いてもいつの間にかできるようになるようなことでも、意識的にやることで達成感を得られるようになるのでお得です。

・結果だけでなく過程を見る

将来、いずれは結果しか認めてもらえない社会に出ていくのです。

その時に腐らずに、自分で自分を認められる人間になっていないといけないわけですが、そのためには頑張ったことそのものを認めてあげることが大事です。

幼少期の遠い記憶の中の、その経験と感情をスルメや塩昆布のように噛み締めて生きて行くのです。

親や幼少期に関わる人にできるのはそのスルメや塩昆布をできるだけたくさん持たせてやることくらいです。

・自分で考えて、自分で決めさせる

これは最終段階になります。

自分で決めて、それでいい思いをした、または失敗しても大丈夫だと知った、そういった経験が多いほうがその後もいろいろな場面で自分で決めていきやすくなり、経験が積み重ねられるよい循環に入ることができます。

成功か失敗かにかかわらず、自分の人生は、自分で選択したことの結果であることを肯定的に受け止めることが出来るようになるには、子どもの頃からその繰り返しをするしかありません。

例えばの話ですが、自分で選んだお菓子が不味かった、でもよいのです。

着色料がどうだとかで親が全部選んで与えているとそういう経験ができないので、なんでもいいので自分で決めさせるような機会を増やしましょう。

自己肯定感を高めるためにはほめればよいのか?

自己肯定感を育てるためには、褒めることももちろんあってよいのですが、褒めるというのはたいてい何かが「出来た」ときです。

何かが出来なくても「頑張った」ときも褒めますよね。

でも「出来た」こと「頑張った」ことはほめてよいですが、そればかりを褒めていては、親や周りの大人のために何かをする、頑張る子になってしまいます。

自分のために何かが出来るようになりたいと思う、頑張れることが大切なので、何かが出来た、頑張ったことを褒めるというよりは、そのことが本人にとってよい経験になったことを伝えてやらないといけません。

例えば漢字テストで良い点を取ったことを褒めるのではなく、そのおかげで、将来本を読む時に助かるねというようなことです。理屈っぽいかもしれませんが、そんなことです。

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自己肯定感では限界がくる~自己有用感へ

子どもの頃はそれでよくても、自己肯定感、つまりひとりでスルメを噛んでいるだけではいずれ間に合わなくなります。

他者との関わり、社会の中での自分はどうなのかということが問題になってくるからです。

それを自己有用感などと言ったりしますが、何か、誰か、社会の役に立っている、そんな感情といえるものです。

自己有用感は、それぞれの出来ることや能力でもって他者や社会から認められて得ていくわけなのですが、大して出来ることもない、能力も低めの場合はうまく得ることができず、失敗してスルメを噛むばかりになり、いずれスルメはなくなってしまいます。

そうならないためには、なんとか自己有用感を得る経験をしていかなければなりません。

いい大学に行ってバリバリ稼ぐ、社会的に認められやすい仕事に就いて職業生活で成功するなどということで自己有用感を得られる場合はそれでもよいですが、それが出来ないこともあります。

その場合どうすればよいでしょうか。

私がすすめたいのはボランティアです。

専門的な能力の必要なことから誰でも出来ることまで色々な活動があります。

お金は稼げないかもしれませんが、確実に誰かや社会の役に立つことができます。

そして一番効果的で大事なことは外との関わりを持つことが出来ることです。

そしてその積み重ねから、自分の存在意義や、居場所や、隠れた力を見出すことが出来るかもしれません。

可能性の話で申し訳ないですが、自己有用感がなかなか得られなくても、自分を諦めずに、スルメを温存しながら生きて行かないといけません。

だんだんと親だけでは難しくなりますので、親も子ども一緒に外との接点を持ち、どんなときでも、小さなことでも他者や社会との関わりを断たないことが必要です。

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