子育てが楽しいと思えないのは母親失格?その理由と考え方について

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よく考えれば、子育てが楽しい、って思ったことないんですよね。

こんなこと言うと「子どもに失礼」とか「子どもがかわいそう」と怒られるのかもしれませんが、だってそうなんですよ…。

でも子どもたちのことは大好きだし、いなくなればいいなんて1ミリたりとも思ったことないし、自分より大切なものなんです。

それなのに子育てが楽しいと思えないってどういうこと?ってふと思ったので、少し考えてみました。

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そもそも子育てが楽しいって誰が言った?

子育てが楽しいものだって、誰が言ったのでしょうか?

楽しいって、ゲームしたり、旅行したり、カラオケしたり、みんなでわいわいやったり、そういうときに使うものではないの?

子育てが楽しいって、普通あまり言わないのでは?

子育てって一言で言うけれど、人ひとりの命を預かって、毎日の身の回りの世話に、将来の心配をしたりで楽しいなんてものではないですよ。

しいて言えば、「子どもとの今日の散歩は楽しかった」とか、「夕飯の最中の話が楽しかった」とかそういう場面ごとに楽しいことはあるかもしれません。

しかしそういったひとつが楽しいからって、子育て全部が楽しいなんてことにはならないと思うのですけれど…。

子育ては楽しいものだって思い込まされていない?ってひねくれ者の私は考えてしまうのです。

なぜ子育ては楽しいって思わされるのか?

それは楽しいものではないからです。

そして楽しいものではないけれどやめられないものだからです。

先ほども書きましたが、人ひとりの命を預かって、乳幼児の頃などは、自分がその子の生きるか死ぬかを握っているような緊張状態で毎日24時間365日を過ごすわけです。

少し大きくなっても、日々のあらゆる事柄が健康のこと、将来のことに影響すると思うと、自分のことのように手を抜くことなんてできないわけです。

極端な話、自分のことなら別に毎日カップ麺でもいいし、働かなくっても家事しなくってもいいわけなのですが、子どもに与える影響を考えると自分の行動には自由などありません。

思考パターンすら、子どもに悪影響だと思うとテレビを見て悪態ついたり、毎日ネガティブだったりもできないので、頭の中も自由はないですね。

カラオケが楽しいというのと同じように子育てが楽しいなんて、同じ「楽しい」という言葉で表すことにまず無理があります。

辛いことも楽しいこともあるから全部ひっくるめて楽しい?

ひっくるめるのはだめですし100のうち1楽しければ残りの99も楽しいのか?やはり無理な理屈だと思いますよ。

99楽しければそうかもしれませんが、子育てで99%が楽しいということは、ないと思いますがどうでしょうか。

楽しいと思えなくてもよい

夕日とブランコ

子育ては楽しいものだ、楽しまなければならないという世間の考え方が悩みを生むのです。

毎日、ちょっと疲れたり辛いなと感じると、「楽しめない自分はダメなのではないか?」「子どもに申し訳ない…」と思ってしまいます。

繰り返しになりますが、本来、楽しいと一言で言えるものではないものを楽しいと思わなければならないと思い込まされているだけです。

楽しいと思えなくてもいいのです。ではそんな楽しいものではないことを20年ほどずっとしなくてはいけないのか?

それも嫌だし、やはり「楽しくない」とは考えたくないですよね。

間違えてはいけないのですが「楽しいものではない=楽しくない」ではないのです。

また、楽しいと思えないからって母親失格ではありません。

一言で楽しいと言えるものではないからです。

子育てには終わりがない

子育ては、いつまでたっても出来上がらないスープみたいなものではないかと思うのです。

しかもレシピはない。

ある日鍋を渡されて、スープを作り続けなさいと言われる。

仕方がないのでその日あるもので作り始めるのですが、毎日味が違うのです。

その日に入れるものが違うかもしれないし、自分のコンディションで違う味に感じるのかもしれませんし、そのどちらもかもしれません。

老舗のうなぎのタレみたいにずっと同じ味でしかも美味しいわけではなく、素人の作る料理ですから、毎日一定のクオリティを保ってもいないですね。

子育てをはじめたばかりのときは薄くて味気ないかもしれません。

しかし何年、何十年とやっているうちに何が入っているかもわからなくなって、自分も何が美味しいかもわからなくなって、でも何か味がするそういうものが出来上がってきます。

たまたま誰かに食べてもらってそれがすごく美味しいってなったときに、子育て経験をもとに活躍する人も出てきたりすることはありますが、大半の人はそれで商売をするわけでもないからべつにどんな味でもいいのです。

ただ言えるのが鍋を空にして終わりにすることはできないということだけです。

子育てには終わりはないと思うのです。

子どもが成人するとか、物理的に身の回りの世話が終わるかどうかという問題ではありません。人1人を生み出したことは自分の生涯にわたって続く事実です。

それも結構重大な。終わりのない重大な事実を楽しいと思えるか?

これは少し難しいかもしれません。

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炎を消さないように

沸騰したら吹きこぼれるし、煮過ぎたら中身がなくなって焦げ付くし、火が消えたら冷めていずれ腐ってしまうから、火はずっと消えない程度にとろ火でいないといけないですね。

毎日何かを足していかないと煮詰まって終了になるので、たえず素材や水も足さないといけないですね。それを美味しいと思う日もあるかもしれないし、とてつもなくまずいこともあるかもしれない。

よくわからない味になってしまう日もあるかもしれない。でも鍋の中身を捨ててやり直すことなくずっと煮続けていくのです。その日感じた味でいいし味がしないならしないでいいのです。続けていたら何かできたかも…そういうものです。

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