学費がタダになるのはいつから?教育無償化のメリットとデメリットとは

スポンサーリンク

教育無償化、このところよく聞くテーマですね。学費の負担というのは本当に重くて大変ですよね…。家ならイラないって言えても子どもに学校なんか行かなくていいとはいえないものですから、

家や車のローンや保険料なんかとは比べ物にならない重さにクラクラします。教育費に頭を抱える私にとってはとても関心のあるこのお話、すこし考えてみました。

Sponsored Link

教育無償化とはどういう話?

憲法26条って?

第26条

1項 すべて国民は、法律の定めるところにより、その能力に応じて、ひとしく教育を受ける権利を有する。

2項 すべて国民は、法律の定めるところにより、その保護する子女に普通教育を受けさせる義務を負ふ。義務教育は、これを無償とする。

文部科学省 http://www.mext.go.jp/b_menu/kihon/about/a002.htm

言わずと知れた日本国憲法の「教育を受ける権利」について書かれた条文です。

1項に「経済的理由によって教育上差別されない」という文言を入れるのかというところで、財源の問題で最初それを入れなかったことに反発した維新の主張を一部取り込む形となりました。

しかし、「幼児期から高等教育に至るまで無償とする」「無償化」と明言しないことにまだこだわっている維新への対応について苦慮しているということなのですね。なぜ維新にそこまで気を遣っているのか、それは9条改憲のためにほかなりませんね。(参考:読売新聞2018年2月22日朝刊)

教育の機会均等という憲法26条の大前提に、経済的問題云々の文章をわざわざ入れる必要があるのでしょうか?そこにすでに入っている話ではないのか?と思ってしまうのですが…。

高等教育というのは高校だけではなく大学も含みますから、そこまでの費用を国が持ってくれるとなると本当に助かるには違いないのですが、すべての大学が対象になるかどうかもわからないようで…。

幼稚園の話と大学の話をごっちゃにするのもどうなんだとか、なんだかモヤモヤするのは私だけでしょうか。

いつから、どのように?

政府は「2兆円の政策パッケージ」として財源約2兆円を用意して、幼児教育・保育の分野は2019年度から、2020年度からは高等教育を含め全面実施したいという考えをまとめているようです。その財源は消費税増税分によります。

【幼児教育】

0~2歳児においては非課税世帯は無償化

3~5歳児は認可施設において所得問わず無償

【高校】

公立高校は所得に応じてすでに実質無償化。年収910万円以上には支給なし。

同590万~910万円未満世帯には年11万8800円。

非課税世帯の私立高校在学生には年29万7000円。

2020年度より、2兆円とは別の財源から、年収590万円未満の世帯において、私立高校の平均授業料(約39万円)を補助して実質無償化。

【大学】

大学などの高等教育は住民税非課税世帯について国立は入学金・授業料とも、私立は上限を設けて授業料免除。返済不要の給付型奨学金を拡充。

参考:毎日新聞サイト
https://mainichi.jp/articles/20171209/k00/00m/010/198000c

教育の機会均等はお金だけ?

ノートとペン

お金がないという理由だけで選択肢が狭まって、その後の人生を左右してしまうのは当然よくないことです。行きたい人がお金の心配をすることなく進学できる、それは確かにメリットと言えます。しかし、大学ってそこまでして行かなければいけないところでしょうか?

奨学金を安心して使えるように制度を整備して、借りたお金を返せるだけの職につける、あるいはそれだけの賃金を支払える社会にすることのほうが必要なのではないのでしょうか。そういう体力が社会にないから、回り回って大学に行くお金がないということになっているのですよね。

言い方はよくないですが、ただで大学に行ける人が増えても、就職状況が良くなかったり離職率が高かったりでは、問題を先送りしただけで何も解決しないと思うのですが…。

選択肢を広げてなくなる選択肢がある

また、経済的問題で大学に行けない人がいなくなれば、大学に行かないという選択肢がなくなります。選択肢を広げる裏で、なくなる選択肢もあるのです。

そしてお金の問題ではなく学力の問題で進学できない場合、「ただなのに大学に行けなかった人」として就職での差別がそちらで起こるのではないでしょうか?そのようなデメリットが起きてくると私は思っているのですが…。

同じことはすでに高校で起きているのではないかと思います。高校への進学率は通信制を含めると97%を超えているとのことですが(文部科学省のサイトより)それはすなわち中学校卒業での選択肢が進学以外にないということと同じであると思うのです。

もちろん教育のレベルが底上げされることは国にとって大切なことではありますが、それと同じくらい大切なのが、選択肢の多様性だと考えます。本当に必要な人が必要な教育を受けられるようにすることと、誰でも彼でも高校や大学に行きさえすればよいということは全く違う話です。

Sponsored Link

子どもたちに本当の自由な選択肢を

教育の機会均等、という大前提はもっともなことです。

その上で、さまざまな個性を持つ子どもたちがたくさんの選択肢のなかから自由な選択をできること、さらにはその選択の結果によってその先の選択肢が狭められることがないこと、これを保証しないと機会均等の意味もなくなってしまうのです。

社会はもっと自由な選択を尊重するべきです。高校に行かない、大学に行かないということを「行けない」とばかり捉えることがなければ、こういったお金の話ばかりになることもないでしょう。長い人生の最初の十数年のことで一生を左右するような事態になることそのものもおかしいのです。

選択肢を与えているようで奪っている、そういうことに大人は気づいているのでしょうか?

Sponsored Link
スポンサーリンク